巨人をダメにしたのはだれか。
巨人がダメなのかどうかは意見が分かれるのかもしれませんが、生え抜きがすっげー活躍して、外国人がそれを支えるという藤田監督の時代へのノスタルジアがあると、なんか悲しいですよね。
で、どこから間違ったのかといえば、長嶋監督が落合を欲しがったことに起因するのでしょう、間違いなく。そりゃ、松井を育てるためにはああいう選手が目の前にいることが必要だったというのは分かるのですが、活躍しなくなったら他球団に放出することが前提の選手をとるというのは、このときから加速したように思います。
また、他球団でできあがった外国人をとってくるのも、確かに、昔はシピンがいましたが、安直すぎて巨人っぽくないですよね。マルチネス、メイ、ペタジーニ、ラミレス…。なんだかなぁー。
2020年3月21日土曜日
2015年10月4日日曜日
中畑監督の辞任
昭和56年に藤田監督が就任したとき、中畑選手はサードで、ルーキーだった原選手はセカンドだった。中畑選手がケガをし、空いたサードに原選手が回り、空いたセカンドに(守備面では本職の)篠塚選手が来たところ、篠塚選手が打ちまくり、阪神の藤田平選手と首位打者争いをするまでになったので、中畑選手のケガが治ったときにサードに戻るという選択肢がなく、山本功二選手と、大洋から来た(すでに2000本安打を達成していた)松原選手との併用だったファーストに回ることになった。藤田監督の3年間は、優勝(日本一)、2位(中日が優勝)、優勝(日本シリーズで西武に負け)だったわけですが、3年目の58年には槇原の初登板・初先発・初完封などもあり思いで深く、中畑選手はいつもいいところで打つ選手だったのを覚えています。あるとき、次打者が原選手で、テレビで見ていて「頼むからゲッツーはやめてくれ、次打者に回してくれ」と思っていたら、中畑選手がサヨナラ・ヒットを打ったりしたこともありました。また、平成元年の近鉄との3連敗4連勝のとき、すでに引退を決めていた中畑選手が第7戦でホームランを打ったのも昨日のように覚えています。
報道によれば、中畑さんがDeNAの監督を辞任する意思を固めたとき、球団側は遺留に努めたとか。「カネ勘定」という意味で考えれば、DeNAは優勝する必要がないチームなんでしょうし、人気のある監督がいてくれることで、関係者にとって宣伝効果は計りしれないものがあるんだろうと思います。
一方、日本に12人しかいないプロ野球チームの監督でなくなって、生活面とかの不安がまったくなかったのかしら?と心配になったりするのはこちらも齢をとったからかもしれません。確かに、今回、監督をしたことで、政界進出を試みたことによって着いた色は落ちたわけで、もともと人気のある選手でしたから、今後の不安はないのかもしれませんね。でも、定職があるのと、頼まれない限り仕事(収入)がないというのとでは、精神的な違いは大きいのでは?と、庶民としてはやはり少し心配にもなります。
思ったのは、勝負の世界で、結果を残せない人が「人気があるから」といって職にとどまると、本人にとってはよくても、組織にとってはよくないのだろうということで、もしかすると、中畑監督はそれを一番嫌ったのかもというものです。自分のことだけ考えれば、定職があるほうがいいのだろうし、また、来年優勝できないとは限らないわけで、そうしたらさらにいろいろと安泰ですよね。でも、結果に責任を取らないと、結果によって評価されるスポーツの世界にはいられないという判断だったのでしょうか。
世の中、カネは欲しいは、楽はしたいは、属している組織のモチベーションなんかどうでもいい、という人が多いように思われる中、すがすがしいと思いたいのは、あの時期の巨人を知っているからなのかもしれませんが。
報道によれば、中畑さんがDeNAの監督を辞任する意思を固めたとき、球団側は遺留に努めたとか。「カネ勘定」という意味で考えれば、DeNAは優勝する必要がないチームなんでしょうし、人気のある監督がいてくれることで、関係者にとって宣伝効果は計りしれないものがあるんだろうと思います。
一方、日本に12人しかいないプロ野球チームの監督でなくなって、生活面とかの不安がまったくなかったのかしら?と心配になったりするのはこちらも齢をとったからかもしれません。確かに、今回、監督をしたことで、政界進出を試みたことによって着いた色は落ちたわけで、もともと人気のある選手でしたから、今後の不安はないのかもしれませんね。でも、定職があるのと、頼まれない限り仕事(収入)がないというのとでは、精神的な違いは大きいのでは?と、庶民としてはやはり少し心配にもなります。
思ったのは、勝負の世界で、結果を残せない人が「人気があるから」といって職にとどまると、本人にとってはよくても、組織にとってはよくないのだろうということで、もしかすると、中畑監督はそれを一番嫌ったのかもというものです。自分のことだけ考えれば、定職があるほうがいいのだろうし、また、来年優勝できないとは限らないわけで、そうしたらさらにいろいろと安泰ですよね。でも、結果に責任を取らないと、結果によって評価されるスポーツの世界にはいられないという判断だったのでしょうか。
世の中、カネは欲しいは、楽はしたいは、属している組織のモチベーションなんかどうでもいい、という人が多いように思われる中、すがすがしいと思いたいのは、あの時期の巨人を知っているからなのかもしれませんが。
2015年9月30日水曜日
リーダーシップならず「フォロワーシップ」
リーダーが多すぎるとなにも決まらないというのはお説ごもっとも。しかし、ここでいっているフォロワーは、単に、従順にリーダーについていくのではなく、組織内でリーダーを支援しながら、いざというときにはリーダーがしようとしている意思決定に公然と反対することも要求されるとのこと。最終的には、ものごとは弁証法的に解決されたほうがより強固になるのは当然なわけで、フォロワーからの批判を建設的に受けとめるのも、また、リーダーシップの一部ということなのでしょう。
社長がチャレンジしろといったら、公然と反旗を翻すべきということなんすかね?
社長がチャレンジしろといったら、公然と反旗を翻すべきということなんすかね?
2015年9月10日木曜日
どさくさに紛れて宣伝
プレジデント・オンラインに、キャッシュ・フロー計算書をちゃんと見ようとという趣旨の記事が出てました。
そこで、どさくさに紛れて
http://mba.nucba.ac.jp/research/publish/nagano_ryosuke/entry-1677.html
http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594064051
昔書いた本の宣伝など。
そこで、どさくさに紛れて
http://mba.nucba.ac.jp/research/publish/nagano_ryosuke/entry-1677.html
http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594064051
昔書いた本の宣伝など。
2015年8月28日金曜日
デフォルトの是非
「カネ貸しにとって、債務者がデフォルトすることはよくないことである!」という声明の正否を問えば、たいていのひとは「正」と答えるでしょう。しかし、世界中で倒産法制があることから明らかなように、これは正ではありません。実際には、状況がにっちもさっちもいかなくなる前に、さっさとデフォルトしたほうがよいというのが正しく、これは、そもそもなぜ倒産法制があるのかを考えたことがあればすぐにわかる理屈のはずです。
もっとも、金融機関の人間でもこれを直感的に理解している人はほとんどいないので、理解してもらうのは大変なのですが。
FT紙に、米国の企業向け融資で、コベナンツ(財務上の特約)がゆるゆるになってきているという話が出ています。いうにことかいて、コベナンツがゆるいほうがデフォルトが少ないとは、笑止千万なのですが、ま、そういうことをいう輩がいるのはわからなくはないと。
そういえば、一時期流行していたバンクローン投信って、どうなったんでしょう。
もっとも、金融機関の人間でもこれを直感的に理解している人はほとんどいないので、理解してもらうのは大変なのですが。
FT紙に、米国の企業向け融資で、コベナンツ(財務上の特約)がゆるゆるになってきているという話が出ています。いうにことかいて、コベナンツがゆるいほうがデフォルトが少ないとは、笑止千万なのですが、ま、そういうことをいう輩がいるのはわからなくはないと。
そういえば、一時期流行していたバンクローン投信って、どうなったんでしょう。
2015年8月1日土曜日
2015年7月19日日曜日
医療過誤と金融
判例時報の7月11日号の冒頭の論文、現役の医療過誤繁盛記が書いているというので興味深く読みました。契約の一方当事者が専門家、他方当事者が素人というのは金融と同じなので、大変興味深いものでした。ま、医療契約はそれ自体が準委任とされているので、直接の比較がどこまでせきるのかは別なのですけれど。
登録:
投稿 (Atom)